SHOMONA

サッカー/ギター/歴史/和食/iPad/飲酒

1年前の日記 5日目

ついにこの旅行のメインイベントがやってきた。人生初、ヨーロッパで本場のサッカー観戦!

 

 

 

 

 

<ここまでの記事を貼るのが意外と手間>

1年前の日記 1日目 - SHOMONA

1年前の日記 2日目 - SHOMONA

1年前の日記 3日目 - SHOMONA

1年前の日記 4日目 - SHOMONA

 

 

 

 

 

4月20日

フィレンツェ→ミラノ 晴れ

 

 

 

 


早朝起床。朝日を目一杯浴びながらモーニング。

気球が1つ2つ飛んでいるのもいとをかし。

 

 

 

 

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飛んでたんだよ

 

 

 

 

この日はミラノへの移動日。8時の列車に乗っていざミラノへ。ひたすら平坦な地形が続いた。ミラノの郊外にさしかかったところで、一週間ぶりにコンクリート製のオフィスビルを見かけた。びっくりして写真撮ろうかと思ったけどローマやフィレンツェが異様なだけでこっちが普通だった。フィレンツェはレンガだからまだいい、ローマの遺跡は石だからな…

 

 

 

午前中にミラノの宿にチェックインでき、翌日は日曜で商店が閉まりがちだろうと踏んだことから、すぐに散策&ショッピング開始。

 


旅行代理店が設けたサッカーのチケットを受け取る窓口で、久しぶりに日本語のコミュニケーションできた。日本語は最高。ボーっとしながらでも話せるので。

 


ガリバルディ通りで皮小物とラビオリの実績を解除し、スフォルツェスコ城でピクニックする。都市の中にある城壁で、なんかすごく歴史があるっぽいんだけど、2人にとってはのんびり過ごすための公園に過ぎなかった。体感では新宿御苑や代々木公園みたいなイメージ。

 

 

 

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逆三角形の蛇はミラノの紋章🐍

 

 


夕方、ホテルの近くでピザを食べ(オリーブオイルが美味しくて興奮した)、いざサッカーを観にサンシーロスタジアムへ。

 

サンシーロのセキュリティチェックで、レンタルのモバイルバッテリーを没収されそうになり焦る。(後ほどゴール裏のウルトラスが焚く発煙灯を見たゆるいが「これがダメであれが良いのは何故…?」ってぼやいてて面白かった。)

 

 

 

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3階席は(今さら)耐震強度が低いらしく、未開放だった

 

 

 

サンシーロというスタジアムには100年の歴史があり、8万人くらい収容できる巨大建造物なんだけど、今回取れた席はなんとメインスタンドの5列目。ピッチがめちゃくちゃ近い。目の前でインテルスパレッティ監督の喜怒哀楽(70%は怒だったが)を見続けることができた。そしてサポーターのみんなと一緒に応援歌を歌ったり、スタジアムDJとコール&レスポンスをしたり、応援するインテルの不甲斐ないプレーにはため息やブーイングで呼応することができた。

 

 

 

 

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近過ぎてウイイレかと思った

 

 

 

 

10歳の頃には既に「いつかヨーロッパで本場のサッカーを見たい」と夢見ていた。当時はセリエAマンチェスターUしか眼中になく、スタジアムもオリンピコサンシーロオールドトラッフォードくらいしか知らなかった。

そんな子供時代のシンプルで大きな夢を、今日この日にミラノのサンシーロスタジアムで叶えることができた。

 


インテルミラノvs ASローマの1対1に終わった試合は本当にあっという間で、もう90分見られる!と思った。ハーフタイムに皆が席に座ったまま喫煙していて副流煙がちょっと辛かったけど、それもいい思い出だね。

 

 

 

 

実は子供の頃の夢を叶えるという個人的な目的で選んだ旅行先だったけど、おかげで完全に満足できた。そして何より、この旅を快く了承し、一緒に楽しんでくれているゆるいに心から感謝したい。試合の余韻に浸りながらホテルへ戻り、そのまま眠った。

 

6日目に続く→

1年前の日記 6日目 - SHOMONA

1年前の日記 4日目

このシリーズも折り返し地点を過ぎ、旅行は後半戦へ。なんとかと煙は高いところへ登りたがるというけど、そのなんとかを地で行くのが俺たちだ。

 

 

 

<ここまでの戦い>

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1年前の日記 2日目 - SHOMONA

1年前の日記 3日目 - SHOMONA

 

 

 

 

4月19日 フィレンツェ 晴れ

 

 

 

 


フィレンツェのホテルの朝食も美味しい。朝からケーキ食べるのハマりそう。2切れたいらげる。

 


ホテルの最上階にバー&レストランがあり、ここが朝食会場も兼ねていた。テラスの向こうから差し込む4月の朝日が、注がれたばかりの炭酸水の入った透明なグラスの中で泡のひとつひとつに虹色の反射を作り、大きな1個の宝石のように輝いていて印象的だった。

 

 

 

今日は市街地の中心にそびえる「ジョットの鐘楼」に登る。毎日どこかしらに登っている気がする。

 

ジョットとはドゥオーモの横に位置し、85メートルある石の塔で、エレベータが無い。環境に優しく人には厳しい建物だ。頑張って登ってみたところ、想像以上の絶景が待っていたので早々に許した。というか見晴らし良すぎ。足元の街並み、少し離れた駅や美術館、小高い丘、丘の上の家々、森から山に続く緑のグラデーション。ずっと見たかった景色のひとつなので、こころゆくまで堪能した。

 

 

 

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筆舌に尽くしがたい

 

 


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ほんとマジで

 

 


この旅行の良さは、これまでの人生で見たかった景色、体験したかった事、食べたかったメニューが驚くほどスムーズになされていき、ある種のスター状態というがラスボス後のエンドロールで見る光景というか、そういった非日常感を味わえる事だと思う。すげぇ楽しい。

 

 

 

 

400段以上の階段を一気に降り、ジェラートとピッツァを食べたところで、ウフィッツィ美術館へ向かった。美術史に疎く、これといった予習もしていない俺でもよく知ってる絵画がいくつもあり満喫できた。


中世の絵画、とくに今日まで残っている作品は、パトロンの依頼で製作し、人目につく所へ飾られたものが多く、例えば後世の印象画なんかと比べるとそれらは明らかにサイズが大きく、鑑賞しやすいことに気付いた。

 

平たく言えば、サイゼリヤの壁で見かけるあれである。

 

 

 

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サイゼリヤサイゼリア

 

 


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いつも迷うからサイゼで統一してほしい

 

 

 

ヴェッキオ橋のたもとでフィレンツェの紋章をモチーフにしたネクタイを、市中のショップでSuperdry(しなさい)を購入。いつ使うんだよと帰宅後に悩む土産こそ旅行の醍醐味だ。

 

 

 

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意外と結構しっかりした素材と値段だった

 

 

 

醍醐味といえば、フィレンツェ名物のTボーンステーキを吸い込んだ後、19時過ぎにはホテルへ戻り、ここまでの過密日程で疲れた体を休めるために「何もしない」時間を設けたのも、旅行における贅沢のひとつだと思う。明日もまた早朝から夜遅くまで活動するからゆっくり寝よう、と思うまでもなく眠くなって寝た。

 

5日目に続く→

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1年前の日記 3日目

このシリーズも3日目に突入。

明日も書ければ無事三日坊主脱却。たぶんいける。

 

 

<ここまでの記事>

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1年前の日記 2日目 - SHOMONA

 

 

 

4月18 日

ローマ→ フィレンツェ 晴れ

 

 

 

チェックアウト後、歩いて駅に向かう。

 

偶然日本人のロケ班?みたいな撮影クルーを見かけ、ほお〜と思いながら歩いていたら、いつのまにか「駅構内に入っていくシーン」を撮ってるカメラマンと芸能人(若手俳優?アイドル?声優?)の間を通ってしまい、夫婦がテルミニ駅に吸い込まれていく絵が撮れてしまってたことになり、少し申し訳なかった。

 

 

 

気をとり直して、フィレンツェに向かう新幹線のような列車に乗る。向かい合って座った。

子供の頃から、母親の隣で「NHK テレビイタリア語講座」を眺めて育ったので、イタリアの景色などについては少しばかり身に覚えがあった。その中でも特に、ローマからフィレンツェにかけての田舎の風景が好みで、それは小高い丘の連なりと丘の上の家、山のすそまで続く草原、羊の群れ、オリーブ畑などから構成される。今回車窓から見ることが出来るので、密かに楽しみにしていた。

 


2人は電車に乗り、電車は走り出し、しばらくしてついにその光景を目にした2人。ようやくの景色に出会えて感慨深い俺を横目にゆるいが言った。

 


「なんか山口県に似てる」

 


いやいやいやいやと思ったが、よく見ると確かにそうだった。石灰岩がむき出しになった丘、手付かずの林、点々と存在する狭い畑、極めつけは家々を覆う赤茶けたレンガの屋根。これ下関をドライブした時に見たやつじゃん!

あれほど憧れていた風景がすっかり九州・四国地方の原風景にしか見えなくなったので、こんな発見もまた旅の良さだと思い込むほかなかった。

 

 

 


この日のフィレンツェでの目的は、郊外のアウトレットモール。足を踏み入れると、そこには見渡す限りの中国人。あれ、ここは上海の郊外だったかな?と不安になるレベルだった。パニーニを食べ、今はイタリアにいることを思い出す。

アウトレットでは、イタリアのブランドショップを中心に3時間ほどウロウロし、サングラスとネクタイを買った。

ゆるいはプラダのバックとキーケースも買った。以降、2人はサングラスをかけながら旅をする。

 

 

 

 

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ハンバーガーみたいなパニーニ

 

 

 

 

バスで市内に戻ってきたのは夕方で、ホテルに荷物を置き、20分ほど歩いてディナーの店に向かった。

今夜もフォロワーに予約してもらったレストランで食事。頭が上がらない。帰国したら絶対店に行こっと。

 

 

 

 

 

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Bar Pálinka バーパーリンカ – 国内唯一のパーリンカ専門バー

行きました。

 

 

 

さて、今夜のレストランは「フォーシーズンホテル」の中にあり、これがとても美しい。シャンデリア、花々...なんとグランドピアノまで。なんだかララランドのシーンみたいだねーなんて話していたら、本当に劇中歌を演奏してくれて今日一番テンションが上がった。

24ヶ月熟成の生ハムと、板状のパルメザンチーズで覆われたシーザーサラダ、そしてオリジナルカクテルを頂く。

店内を見渡すと、モデルや女優みたいな人しかいなくて、(服装も大胆!)こんなアジア人が来てごめんなさいとなった。

 

 

 

 

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生ハムも美味しかったんだけど…

 

 

 


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衝撃だったのはチーズ。人生で一番美味いチーズだった

 


ひと通り楽んだしそろそろ帰ろっか?となったところでバーテンダーエドゥアルド登場。特別なカクテルとケーキとお土産まで頂く!

会計には含まれてなかったので完全にサービスだった。どうもありがとう。美味しかったです!!!グラッツェ!!!!

 

 


興奮したまま歩いて帰り、空は満月で、夜道を歩くには最高の気温でもあった。

 

4日目に続く→

1年前の日記 4日目 - SHOMONA

1年前の日記 2日目

新婚旅行日記の書き起こしは2日目。

今日は観光名所しかない街、首都ローマ。

とにかくずっと食べていたような…

 

 

初日編はこちら

1年前の日記 1日目 - SHOMONA

 

 

4月17日ローマ晴れ

 

 

 

マジで朝ごはんが美味しい。本場の味を知ってしまうと、もう中国のホテルで洋風ビュッフェなんて食べられない。

8時半くらいに出発して、今日は死ぬほど歩いた。

まずスペイン広場。ここの何がスペインなのか分からず、丘の上のオベリスクスマホの翻訳機(あらかじめイタリア語の辞書機能をインストールしてた)をかざすも、ラテン語のため全く通用しない痛根のミス。これ以降、ラテン語問題が常につきまとう。

それから路地をずんずん進みトレヴィの泉に着く。業者が泉のコインをバキュームで器用に吸っていてしばらく眺めた。

Venchiというジェラート専門店で信じられない程うまいチョコレートジェラートを食べる。濃厚とはこのことだ!

 

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昨年銀座にもオープンしたから寄ってみて

 

 


この時点で10時半過ぎ。残りの午前中をパンテオンとナヴォーナ広場で過ごす。

パンテオン、でかすぎ。ナヴォーナ広場、広すぎ。初めて東大寺の大仏を見たときレベルの最大クラスの衝撃と30分おきに出会うので脳が処理落ちし、「大きいねえ」しか言えなくなる。

 


ランチはパスタ。狙っていた店に開店凸するも、休業日を引き当てるこの運力(うんりょく)すごいね。

第2志望の店でカルボナーラとマトリシアーナ(トマトソース)を食べ、そのあまりの美味しさに「今まで食べてきたパスタとは…?」と人生感が変わりそうになる。つけ麺のようなモチモチ、ソースのふくよかな旨み、食べごたえ、何もかもすごい。

 

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進化の方向性はまぜそばに近い

 


タクシーでコロッセオへ。ローマの歴史を予習していたのでガイド無しでも楽しめた。自撮り棒が活躍する。

凱旋門の足元でひと休み。凱旋門だけで4つくらいあったぞあの辺。王の帰還祝いすぎか。王良かったね。

フォロ・ロマーノで迷子になりながら、二千年前の生活に思いを馳せまくる。道が凸凹なので足の疲れがピークに…

 


メトロを乗り継いでバチカンへ。4時過ぎに着いてカフェテリアでひと休み。少し復活していざクーポラへ。

サンピエトロ大聖堂の丸い天井にあたるクーポラのてっぺんへ、無限に続く狭い階段を登る。「これだけ登るということは、最上階からの眺望はめちゃくちゃ怖いんだろうな…」という先取りした恐怖が、両足を重くさせる。

 


しかし意外にも、頂上は風も少なく人の肉壁も厚く、高所恐怖症でも大丈夫だった。クーポラの内部で天井を見上げた方が怖かった。

ゆるいが国際郵便の絵はがきを書き、大聖堂の内部を堪能してフィニッシュ。バチカンは厳かな国だった。

 

 

 

一担ホテルに戻り、歩いてディナーの店" BACCANO"へ。フォロワーがこの店のバーテンダーとFriendらしく、紹介と予約をしてもらうという願ってもない幸運。つくずく友人に恵まれている。本当に感謝しかない。

バーテンダーおすすめの食前酒を注いでもらい、エビのサラダとカプレーゼ、ボロニア風ミートソースを頂く。

とても美味しいし、サービスが素敵。バーカウンターに移動し、オリジナルカクテルを作ってもらった。手さばきずっと見ていられる。

値引きしてもらった上にタクシーまで呼んでくれた。チップを渡そうとしたがNoと断わられた。Signori Marioは紳士。

 


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こぶしサイズのめちゃうまカプレーゼ

 

 


ホテルに戻ったらサッカーの試合がやっていたが、恐ろしい早さで就寝。

3時頃目が覚めたので、日記を半分書いて再び眠りについた。

 

3日目に続く→

1年前の日記 3日目 - SHOMONA

1年前の日記 1日目

本当に、時の流れとは早いもので、新婚旅行からちょうど1年が経ってしまった。我々は今となってはすっかりああなってしまったイタリアを、南から北へ1週間かけて旅してきた。あの国では見るもの食べるものすべてに驚きがあった。味の記憶なんか昨日のことのように思い出せる。

 

翻って今、ご覧の通りどこにも行けないので、せめて旅行中に毎日書いていた日記を書き起こして懐かしい気分に浸ろうと思う。公開するつもりのない個人的な記録だったので、投稿するにあたって名前などの個人情報は編集するけれど、それ以外は当時書いたままの方がフレッシュなのでなるべくそのまま出す。写真とコメントだけは後付け。

 

そんで、日記はiPadで1日1ページずつ書いていたので、折角だから日付を合わせて毎日アップしてこうと思う。途絶えたらごめん。

 

 

 

4月16日 1日目 ローマ 晴れ

 

 

成田空港で慌ててカツカレーを食べた。登乗まであまり時間が無いからだ。

間が無いのにわざわざカツカレーを食べるというのが、実に我々らしい。

 


飛行機に13時間乗った。これまでの最長が4時間程度だったので、少し不安だったが、足がむくんだ程度で、どうということは無かった。ビビってたエコノミー症候群にもならずに済んだ。

というか、仕事の出張以外で海外に行くの初めてだな...

機内食がとても美味しくて感動した、普段乗ってる中華航空とは大違いだ。

 

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機内で飲んだよく分からない美味いビール

 


無事にイタリアに着き、到着ゲートをくぐると、すぐにドライバーと合流できた。

もう一組の旅行者と4人で、ドライバーに連れられ駐車場へ。

そこで待っていたのは、中に仔象でも飼ってるんか?ってくらい大きなワゴン車だった。

車窓から外を眺めると、当たり前のように外車しか走っていない(当たり前だが)

ベンツ、FIAT、BMW、Jeep、OPELなど...意外とフェラーリって見かけないんだな。

 


ホテルのチェックイン時に、一体何語で話しかけていいものか迷ってしまったが、英語で全然、問題なかったので安心した。俺の英語に問題がない訳ではない。

 


部屋でテレビを付けると、本場のサッカーがやっていた。チャンピオンズリーグだ。時差が無いことに気付く。最高だ。最高だったが同じくらい最高に眠かったので、ぐっすり眠ることにした。

 

 

2日目に続く→

1年前の日記 2日目 - SHOMONA

 

ご報告

またひとつ歳を重ねて、ついに30歳になったよ、というご報告。

 


記憶が正しければ、あんまりネット上で自分自身の年齢を言ってこなかったと思う、ずっと子供でいたかったので…

学生時代からの友達・フォロワーを除けば、そこまで知られてないつもりでいるんだけど、東京に来てから益々インターネットと実生活の垣根が無くなってきたので、もう今更なにも包み隠すことないじゃん!ということで解禁。

 


昔から恥ずかしがり屋で隠したがりな性格のため、もっと素を出せよと言われた経験数知れず、それでも最近は少しずつ克服してきたと思う。ビデオ通話しながらオンライン飲み会なんて、前の自分からは考えられなかった。でもやってみたら楽しいじゃん、こういうのもいいね、もっと自然な感じでインターネットしていくか、という気持ちになった。

 


いろいろな要素でリアルとインターネットを同期させていく流れで、思い切ってアイコンも似顔絵にしてみた。ぼくくんの描き下ろし新作。似せ方とデフォルメのバランスが凄い、さすがだ。本当にありがとう。

アイコンはほっとくと歳を取らないので(それがインターネットの良い所であるのは間違いないけど)、節目にアップデートしていくというのはとてもアリだと思った。

 


これからも末永くお付き合いください。

お散歩

今日は普段より少し長い距離を、一人で歩いてみた。

 

 

日常生活における「移動」はただただ無駄な時間でしかないので、手持ち無沙汰の余白を埋めるようにツイッターを見たり、スマホゲームをしたりしながら最短ルートを直行するのだけど、今日は「散歩」がしたいと思い、昼と夜に3kmずつ歩いた。おかげで歩きながら色々なことを少しずつゆっくり考えることができた。足の爪が痛くなったが、そんなのは必要経費だ。

 


東京を歩くのが大好きだ。

東京は、誰でも気の向くまま自由に歩くことが出来る。ここには本当に多くの人がいて、一人ひとり自由意志を持ち、好きなように歩いている。右へ行ったり、慌ててもと来た道を戻ったり、立ち止まって酒を飲んだり、杖をついて一歩ずつ踏みしめたり、路上で歌ったり、歩きながらキスをしたりしている。そしてそれらは、誰の気にも留められることなく過ぎ去っていく。

地方都市にありがちな、丘の上のニュータウンで生まれ育った我が身からすると、東京には本当に信じられないほど自由がある。たとえば目的もなく歩くことができる。歩きながら今日の昼飯を探すことができる。地元でそんなことをしている大人は一人もいなかった。

 


「逍遥」という言葉も好きだ。

"しょうよう"と読む。大辞林には「気ままにぶらぶら歩くこと」とある。まさに今日してきたことだ。

母校の応援歌にあったので単語は知っていたが、大人になってから意味を知り、好きな言葉リストに入った。自分の行為が古めかしい漢字で定義されると、ものすごい権威に肯定されている気分になるのは、自分が体制的な人間だからだろうか。

逍遥という言葉にロマンを感じるのは自分がただ散歩好きだからというだけではなく、アフリカで生まれたホモ・サピエンスユーラシア大陸を経て南アメリカの南端までたどり着いたのは「気ままに歩く」ことが得意だったからではないか、という荒唐無稽な妄想も可能にしてくれるからだ。他のどの動物より遠くへ歩きに歩いて、ついに地球を征服してしまった。

 


これからもしばらくは東京に住みながらどんどん散歩をしていきたい。という気持ちと同時に、東京などという狭い土地なんかに縛られずいろいろなところへ飛び出して遠い先祖の追体験をしてみろよ、という矛盾した心の声も聞こえる。どうだろう。どちらも捨てがたい。取り敢えず、もう少し歩きながら考えてみることにしよう。